ちゃんとした文章って何?!

娘が弁論大会に参加することになった。テーマは「宿題は本当に必要か?」。
「ママ、聴いて~」ともってきた文章は、粗削りだけど娘なりに日々感じることや、今は探究に重きをおく学校もあること、ノルウェーの学校には宿題がないけれど学力は世界1、2位だとか情報収集も娘なりにやったことが盛り込まれていた。意思はぶれず、自分が伝えたい心の叫びがそこにはあった。

しかし・・・・・・・・。
その後、毎日のように放課後残って学校からの直しが入り、見ていた友達からは「もう先生の文章だね~」と言われたらしい。
完成したものを読んでくれた。

はっきり言ってつまらない・・・。わかりにくくなってる・・・。
途中「こう考えてみると宿題は必要かもしれないと思ってきました。」という文言も入り、「どっちやねん!」と突っ込みたくなるような。
宿題は学校にとって絶対生徒に課さねばいけないものか?宿題を否定したことを生徒が言うとそんなにまずいのか?それならもともとこういうテーマで書いた娘に発表をさせなければいいと思うのだが。

いきり立つ母に、娘は「仕方ないよ、学校はちゃんとした文章がいいんでしょ。」と。(そして母、「ちゃんとした文章って何よ?!ちゃんとしたって!」といきり立つ:(笑))

子どもに諦めと悪い意味での「郷に入れば郷に従え」を身につかせてしまっているのは大人なんだよね。
大人だって、説明も無しに自分のやることを否定されたり修正されたりするのは納得がいかないと思うのだけど、どうして子どもには平気でそれをやってしまうのだろう?もっと説明してほしいな。
今日の格言。

「自分がやられていやなことは人にはやらない」
大事なのは大人が作る「きれいな体裁」じゃなく「自己肯定感があがるありのまま」

今一度自分も胸に刻もうと思う。

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